初心者の方でも確実に深い空(くう)の世界に入れる瞑想法「フルフィルメント瞑想」の情報ブログ。
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死への恐怖

 

質問と回答
私の一番の願望は死への恐怖がなくなることです。死んだ後よりもまず死へのプロセスの肉体的苦しみや息が苦しくなる事、ここ数年、底なしに感じる恐怖感や無常感があり
それがあっけらかんと捉えられるくらいに
死を簡単なことでに安心なこととしてとらえられる観念を持つことです。
それが一般的になったらどんないいだろうと思います。死は怖いという観念がなくなれば
すごく自由になれるのではと思います。
以前ボブさんが死についての記事を書かれましたが、わかっていません。
頭で理解しているだけなので楽しいことに気分をきりかえて恐怖に蓋をしている感じです。
幸せで健康なのに、周りの何かのきっかけで
ときどきそんな底なしの恐怖に見舞われます。
すると普段感じる幸福感や安心感がすっと引いてしまうのです。
瞑想をはじめたのも空を知ればその恐怖が別のものになるのではという期待がありました。
まだはじめて一年未満ですが、長年している方はもう怖く感じなくなるのでしょうか。
こんな思考や願望にはどのように接したらいいか教えていただければ幸いです。

回答

私たちが完全に瞑想を学ぶと、
死の経験は今までの最高の瞑想のような感じになります。
死に対しての恐怖というのは、
死というものを理解していないから感じるものです。
そして、体についてのみ考えているからです。
体が少しずつ衰退し始めた時の感覚は、
瞑想中に体の感覚がなくなるのに似ています。
瞑想をしていないと、死の際に多くのカルマが解放されます。
これが死に苦痛が伴い不快な理由です。
ですが、私たちは瞑想によって少しずつカルマを解放しています。
死の際には、あまり解放する必要があるカルマは残っていないでしょう。
その時には苦痛も少なくただ自然と空に移行し、平安の中に留まるだけです。
死のあとも、生きている時と同じように意識は残ります。
依然として意識は鋭敏で、私たちの本質は残っています。
それは車から降りるようなものです。
車に乗っている時も、おりたあとも私たち自体は変わりません!

死への恐怖は、死に対する知識によって乗り越えることができます。
これがチベットでは、死が一番の教えである理由です。
死は、ただ体がなくなるだけなのです。
魂はそのままのこり、新しい人生が続いていきます。
これは、”パリニルバーナ” と呼ばれています。
”最後の最高の瞑想” という意味です。
私たちは、マハリシと他のマスター達が伝えてくれた、
この瞑想と知識に出会えて本当にラッキーなんです。
瞑想と知識の祝福が組合わさると、
私が想像できるどんなものよりも素晴らしいものです。
あなたが死の恐怖から自由になって、
人生が喜びに満たされるように祈っています。
これが私たちの魂が望むことなのです。
魂は、ただ生きていて楽しむことだけを望んでいます。
マインドだけが、いろいろと間違ったことを私たちに訴え続けます。
マインドは、それ自身が啓発して、
疑いや混乱なしにクリアに真実を見れるようになるまで、
私たちの意識についてきます。
私たちはラッキーなんですよ!
 

 

2000.12.07 Thursday | - | trackbacks(0) | Top